10月11日、この日は午前中はセントレアで撮影し、頃合いを見て岐阜へ移動しようと計画していました。
朝、窓を開けると…どんより曇り空。さらに雨も降る予報が出ています。
フライト予定を見ても特別塗装を含め、レア機は飛来せず。こんな天気で撮影しても仕方がないので、今日は撮影は中止し、どこか観光に行くことにしましょう。
とりあえず朝ごはん。東横インの朝ごはんはカレースープがお気に入りでしたが…何ということでしょう、ベジタブルスープに変更になってしまいました…。
サンドできるミニパンなどもあります。
これでも十分なラインナップな朝食ですね。
私もパンに肉だんごを挟んでいただきます。
さて、どこに行こうか…去年は同じく曇り空であったので、名古屋市内の観光にいきました。今回は犬山方面に行ってみましょう。犬山には『明治村』という明治時代の建築物を移築、一同に集めたテーマパークがあるのです。
時刻表を見ていると、朝と夜の時間帯だけ、新鵜沼へ向かうミュースカイがあり、これに乗ると乗り換えなし、1時間ほどで到着しそうです。
そうそう、今回名鉄の株主優待乗車券をゲットしておきました。新宿の金券ショップで900円ほど。
中部国際空港-犬山や中部国際空港-岐阜は1500円ほどかかるので、株主優待乗車券を利用したほうがお得になります。
ミュースカイの座席指定料は450円。お安いですね。ほぼ貸し切り状態の車両で犬山へ出発。
1時間ほどで犬山駅に到着。荷物を駅構内のコインロッカーに預け、外へ。
犬山駅から明治村は路線バス。約25分ほど揺られます。レトロな着物を着た方も乗っていますね。
時刻は10時。明治村に到着!空は曇り空。雨は降らないでくれよ…と思いつつ、園内に入ります。今回は電車内でアソビューの前売りチケットを買っておきました。2500円の入場料が2200円になります。入口から登録有形文化財の第八高等学校正門。
園内は1丁目から5丁目まであり、エリアごとに違う景色を楽しめることができます。
広い園内はボンネットバスも走っています。一日乗車券で500円。私は歩きましょう。
現存する最古の県庁舎、三重県庁舎
明治12年(1879)に建てられた県庁舎で、洋風建築の技術が日本各地に広まり始めた時代を代表する建物です。設計は三重県技師・清水義八によるもので、木造二階建ての擬洋風建築。外観は洋風ですが、内部には和の意匠も随所に見られ、明治初期の和洋折衷建築の特徴をよく伝えています。




典型的な擬洋風庁舎建築、東山梨郡役所
明治18年(1885)に山梨県東山梨郡(現在の山梨市・甲州市一帯)の行政機関として建てられた建物です。木造二階建ての擬洋風建築で、当時の地方行政の中心施設として使用されていました。
外観は洋風の装飾を取り入れつつ、全体の構造は日本の伝統的な木造技術によって造られており、明治初期に地方へと広がった和洋折衷の官公庁建築を代表する建物です。正面中央の玄関ポーチや、二階のバルコニーが特徴的で、重厚さと親しみやすさを併せ持っています。
このように歴史的建造物が立ち並んでいます。
江戸風情を残す宿場町で異彩を放った西洋医院、清水医院
明治30年(1897)頃、長野県木曽郡大桑村須原で開業した医院を移築・復元した建物です。
建物は木造二階建てで、玄関まわりには洋風の装飾が施されていますが、内部には畳敷きの和室もあり、生活空間と診療空間が一体となった明治期特有の和洋折衷建築です。待合室や診察室、薬棚などが当時のまま再現され、近代医学が日本各地へと広まっていった様子を感じ取ることができます。
増改築を繰り返した3階建ての町家、東松家住宅
東松家住宅は、名古屋市中心部・堀川近くにあった町家で、明治時代には油屋、のちに堀川貯蓄銀行を営んでいました。塗屋造りの伝統工法で建てられた木造3階建てで、間口4間・奥行き8間半の典型的な町家形式。江戸末期の平屋から始まり、明治28年に後方へ曳家して2階を増築、さらに明治34年には3階を加えるなど、たびたび改築を重ねてきました。
内部ではハレの日に食べられていたという食事風景も再現されています。
耐火性に優れた土蔵造りの銀行、安田銀行会津支店
旧安田銀行若松支店は、会津若松市に建てられた黒漆喰塗りの土蔵造建築です。寄棟屋根に赤味の塩焼き瓦を葺き、吹き抜けの営業室上にはギャラリーを配置。伝統的な和風建築に、玄関ポーチや石積みの腰壁、円柱など洋風の意匠を融合させた建物です。
内部はハイカラ衣装館、明治の衣装に着替え、村内を歩くことができます。
西欧を思わせる端正で重厚な石造建築、札幌電話交換局
明治33年(1900)、北海道で電話交換業務が始まるのに合わせ、高価な交換機を火災から守るため地元産石材で建てられました。木造の内部を持つ石造2階建てで、窓の意匠や胴蛇腹などに西欧ルネッサンス風の様式を採用。明治36年に郵便電信局へ併合され、明治43年に増築後は札幌中央郵便局として使われました。

内部には当時使用されていた電話交換機が展示されています。一つ一つ、配線を振り替えて電話を繋いでいました。
日本で最初に営業をはじめた路面電車、京都市電
京都市電は明治28年、京都駅近くから伏見までの約6.4kmで開業し、第四回内国勧業博覧会の来場輸送に活躍しました。日本初の営業電車であり、後に路線を拡大して市民に親しまれましたが、市営電車の導入により大正7年に市へ買収。明治村では、明治43~44年製の大型車両が保存・展示されています。
いわゆる、チンチン電車というものですね。園内の移動用電車として実際に乗ることもできます。
現存する最大の木造郵便局舎、宇治山田郵便局舎
伊勢神宮外宮前に建てられた郵便局舎は、木造平屋の銅板葺きで、中央に円錐ドーム、両翼に寄棟屋根を持ちます。正面には小ドームの角塔があり、外壁は北欧風ハーフティンバー様式。漆喰レリーフや下見板張りを用い、窓口カウンターや郵便物発着口、切手倉庫、電話交換室など当時の郵便機能が残されています。

中では本当に郵便局業務を行っています。
当時の郵便飛行機。中島のAT-2。機体番号はJ-BBONとなっています。
明治期の歌舞伎や落語、政治演説の舞台が行われた、呉服座
大阪府池田市西本町の猪名川沿いにあった呉服座は、明治7年創業の戎座を明治25年に移築・改名した芝居小屋です。木造2階建て杉皮葺きで、舞台と客席に大きな切妻屋根をかけ、正面には太鼓櫓と絵看板掲示用軒を設置。黒漆喰と下見板、和洋折衷の出入口扉など、伝統と新しさが融合した建物です。

表構えや番台に古風な銭湯のおもかげを見る、半田東湯。
知多半島の港町にある風呂屋。1階奥の浴槽は男湯と女湯が目隠しだけで仕切られ、2階では湯上がりの常連客が雑談を楽しみます。江戸時代の湯屋の面影を表構えや番台に残しています。
近代古都で布教の拠点となった白亜の教会、聖ザビエル天主堂。
16世紀の来日者フランシスコ・ザビエルを記念し、京都・河原町三条に建てられたカトリック教会堂。明治12年(1879)に布教を始めたパリ外国宣教会のヴィリオン神父らが、旧大名屋敷を購入して建設。設計はパピノ神父、施工は大阪の大工・横田彦左衛門が担当しました。



内部はステンドグラスが美しい。
明治の五大監獄の一つに構えた門、金沢監獄正門
南北250m、東西190mの敷地を囲む赤レンガ塀の正門で、白花崗岩の装飾を施したネオ・ルネッサンス様式。三間構成の鉄扉を備え、移築時に鉄筋コンクリート造へ改められました。重厚で威厳ある美しさが魅力です。
八角形の看守所と監房、金沢監獄中央看守所・監房
金沢監獄の中央看守所と一部の監房も移築されています。
金沢監獄は「監獄則並図式」に基づき建てられ、八角形の看守所を中心に5棟の監房が放射状に並ぶ洋式監獄でした。現在は中央看守所と一部監房が移築され、中央の監視室は網走監獄のものです。見張り櫓から全域を監視できる合理的な構造でした。
囚人が家族などにあてて手紙を書く場合は、このように中央看守所の一部スペースで書いていました。


こちらは監房。一部の部屋は入ることができ、監房体験ができます。
壮大な東京駅と調和をはかった意匠に注目、東京駅警備巡査派出所
東京駅丸の内側広場にあった派出所で、駅舎竣工(大正3年)にあわせ警視庁が設計したとされます。鉄筋コンクリート造の八角形平面で、白レンガ装飾や半円ペディメントなど、東京駅舎と調和したデザインが特徴です。確かに、東京駅とそっくりですね。
文明開化を象徴するハイカラなたたずまい、高田小熊写真館
豪雪地・新潟県高田町に建てられた明治期の写真館。地元大工による洋風2階建てで、簡素ながら洒落た雰囲気が魅力です。1階に応接間や暗室、2階に写場を備え、昭和まで営業しました。
2階の写真スタジオは大きな天窓で自然光が入り、とても明るい。暗幕で調整もできるようになっています。
次回もひたすら明治村を歩いていきます!
【さつえい後記‐教会での撮影】
教会内の撮影は、一般的には禁止されていることが多いですね。理由は明確で、礼拝の場という「神聖な空間」を守るためです。
特に、ステンドグラスや祭壇などの美しい装飾は、信仰の象徴として大切にされているため、カメラを向けることがはばかられます。私としてはその光と色彩を記録に残したいという思いがあるのも正直なところです。
明治村の教会は展示施設として保存されている建物であり、信仰の場としての機能を果たしていないため、撮影が可能。そのおかげで、歴史的建築の荘厳な雰囲気や、光に透けるステンドグラスの美しさを、じっくりとカメラに収めることができました。
文化財としての教会を撮るという、貴重な体験でした。