2013年03月30日(土) JAL1614便 広島→羽田 19:40→20:55
MD-90 JA8029 座席:23A 広島SPOT:3 羽田SPOT:8 高度: 33000ft 速度:1000km/h 414mile 13570円(スーパー先得)

いよいよMD-90のラストフライトの記事です。いつもは1フライト1記事で書いていますが、とても1記事では収まりきりません。
搭乗前編、フライト編、おみやげ編の3部作でお送りしたいと思います。今回は搭乗前のセレモニーの様子をお伝えしたいと思います。
JALチェックインカウンター前には『17年間応援ありがとうございました MD90』のメッセージがありました。
この時点で泣いてしまいそう…。

MD-90ラストフライトとなるJAL1614便は当たり前の如く、満席となっていました。聞いた話だとこの便の空席待ちは400人近くになったそう…。

広島空港はMD-90が最初に就航した空港でもあります。今から17年前の1996年4月1日、レインボーカラーのMD-90が広島空港を皮切りに日本全国に就航しました。
やはり一番初めに就航した空港ということで、乗務員さんや地上係員さんの思い入れも強いことでしょう。

MD-90最終日の広島空港、展望デッキでは現役整備士による航空教室、及び前便となるJAL1613便の放水アーチが予定されていました。
どちらも魅力的なのですが、私としては搭乗客しか見ることのできない、出発口B前で行われる記念セレモニーを是非見たく、出発予定時刻の2時間前に空港に到着、保安検査を受けて待機していました。

出発口B前ではまだセレモニーの準備中でした。MD-90のパネルと一緒に『ありがとうMD90 ラストフライトセレモニー』の立て看板。

虹色塗装の飛行機はとても美しいですね。最近は合理化なのか、このようにインパクトのある塗装機が少なく、寂しく感じます。


ご搭乗案内はいたってノーマル。

ボーディングブリッジではJALの地上係員さんがMD-90バルーンの準備をしていました。

写真を一枚、記念にパチリ。

2013年3月30日のJAL1614便プラチナチケット。私はスーパー先得で予約することができましたが、一般発売は瞬殺だったようです。

セレモニーが始まるまでの間、ラストフライトに乗る飛行機ファンの方々と仲良くなり、MD-90の思い出について熱く語り合っていました。
また、新聞社などのインタビューも受け、私は紙面には載りませんでしたが、一緒にお話されていた方のお話が掲載されていました。
そうこうしているうちにJAL1614便は出発時刻の変更が。使用機到着遅れの為、出発時刻が25分遅れの20時05分に変更となってしまいました。
各地で熱烈な歓迎、お見送り、そして名残惜しい乗客の記念撮影等で徐々に遅れが伸びていったようです。

写真パネルは更に一枚追加になりました。サンアーク塗装のMD-90です。

時刻は19時21分。定刻よりも20分近く遅れてJAL1613便が広島空港に最後の着陸をしました。放水アーチの為に待機する消防車。
【2013.03.30】 ありがとうMD90 ラストフライトセレモニー 広島空港
JAL1613便の全ての乗客の降機が完了し、機長さんと客室乗務員さんがやってきました。ラストフライトセレモニーの様子は動画で撮影しました。また、主催、及び来賓の挨拶を抜粋します。
日本航空執行役員 路線統括本部 顧客マーケティング部本部長 加藤淳氏
『日本航空は東京-広島便を一日8往復、新千歳-広島便を一日1往復運航しているが、MD-90はそのうちの1往復を担ってきた。
日本航空は747、その他多数の機材の退役を経てきているが、今回のMD-90の退役は惜しむ声が多く、それほどまでに愛されていた機材だったことを改めて認識した。
MD-90の性能の良さ、実力、安全なフライトを続けてきた実績を刻み込んで今後の運営をしていきたい。』
国土交通省大阪航空局広島空港事務所 空港長 島崎完二氏
『MD-90は平成8年4月に我が国に導入されると共に、広島空港に就航を開始した。それから満17年を迎えるがこの間大きな事故やトラブルもなく、安定的に運航され、日本航空には広島空港の中軸である東京線を中心に運航していただいた。
広島空港は本年の10月29日を持って満20周年を迎える。記念すべき20周年ということで、今後イベント等を実施していきたい。』

動画からのキャプチャーです。本日の機長及び客室乗務員への花束贈呈です。

花束を受け取った客室乗務員さんは私が前日JAL1613便でお世話になった森CAさん。
最前列にいた私に気づいてくれて、軽く会釈してくれました。

最後に本日のJAL1614便機長である、岸本伸一機長からの挨拶。

『私はこの飛行機(MD-90)に15年乗務していた。広島空港とMD-90の思い出としては、MD-90乗員は主に新千歳空港をベースにフライトしていたことが多く、千歳に2~3泊し、最終日に広島空港を経由し、東京へ帰るというパターンを多く飛んでいた。
冬の北海道を飛んでいたこと、及び最終日ということもあり、非常に疲れて、広島に着くとホッとした。
広島空港で気を引き締め直して東京まで最後のフライトを運航していた。
新千歳-広島便は修学旅行のお客様や観光客の方に多く搭乗していただき、フライト時間も長く、サービスを十分行えたが、広島-東京線は冬の西風が強い日はフライト時間が非常に短く、どのタイミングでベルトサインを消灯し、サービスを実施するかの判断に悩んだ難しい路線であった。
今まで事故なくこのMD-90の運航を終えることができ嬉しく思う。』

セレモニー終了後はフォトセッションの時間が設けられました。残念ながら本日の乗務員さんは機内準備の為に未参加。

定刻より20分遅れの20時00分。いよいよMD-90ラストフライト、搭乗開始です。

搭乗口では、おしい!広島県 空港振興課 平大盛氏がギターを引きながら、MD-90への別れの歌を歌いながら搭乗客を見送っていました。
【2013.03.30】 MD-90ラストフライト(JAL1614) 平大盛 MD別れの歌
『ありがとさよなら~エムディ~!』

昨日撮影した空港地上係員によるMD-90へのメッセージボード。チェックインカウンターに飾られていたMD-90モデルプレーンも置かれていました。

トーイングカーと前輪部にはMD-90をデフォルメしたパネルが置かれていました。

先ほどJALの地上係員さんが設置していたMD-90バルーン。

ボーディングブリッジでは地上係員さんが搭乗客への記念品の贈与。


ん!?頭に何かつけてる人がいるぞ!?

MD-90最大の特徴であるリア部をヘルメットにつけていましたw

ボーディングブリッジではL1ドア前で記念撮影する方で通路が詰まってしまっていました。ボーディングブリッジで待たされるなんて、どこのLCCですか!w
これはまだまだ遅れそうなぁ…と思いながらも少しずつMD-90に近づいていく。緊張が高まってきました。
さて、次回はMD-90ラストフライトである3月30日、JAL1614便に搭乗します!
機長によるラストフライトアナウンス、そして羽田空港到着後のチーフパーサーのアナウンス、涙が出てきてしまいました(´Д⊂ヽ